俺のルーツ 安曇族

皆さんこんにちは
(株)サポートの代表を務めています山田です。

私の出身地は南安曇郡豊科町(現在の安曇野市豊科)です。

子どものころの楽しみは1年に1度の村祭りでした。

村祭りでは各集落で青年団が船を造り、祭りの日にその船をぶつけ合う勇壮な祭りでした。残念ながら現在は人手不足で私の出身地では行われていませんが、近くの穂高神社では毎年御船祭りとして盛大に行われています。

子どもの頃は気にもしていませんでしたが、大きくなり松本市の祭りをみて変だなと感じました。それはお祭りに船でなく山車が引かれていたからです。

それから私のルーツである「安曇族(あづみぞく)」について少々調べてみました。

「安曇族」は古代の海人族で、九州北部の志賀島(しかのしま)を本拠地としていたそうです。私はこの志賀島にどうしても行ってみたく、去年行ってきました。この志賀島は「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」と刻まれた金印が発見された島で、小さいですがとても有名な島です。

この志賀島から「安曇族」は小舟に乗り日本海を航海し、糸魚川から鮭をおって南下し、安曇野に住み付いた人々だそうです。

今回は私のルーツについて書かせていただきました。

それでは次回